ありのままの自分で

Cubaseでオリジナル曲を制作する、定時の仕事を持つ妻と三匹の怪獣達との万華鏡。

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終える時代、始まる時代

 
三瀬トンネル有料道路第2期工事として
先のトンネル工事が1986年に終了したのち
ループ橋が完成して2008年に供用開始した


若い頃
「峠キング」さながらに走り抜けた道
ヒールアンドトゥを使っていた
マニュアル車がまだ主流だった頃
回転数は落とせなかった

エアコンが標準装備される前
エアコンをつけると重くなるという理由から
窓は全開で走った
開きの三角窓から入る風が
どれ程心地よかったか

  121102a.jpg

使われなくなった旧道
雑草の侵入を防ぐものを失い
中央線へと迫られていた

幾筋も残るタイヤの跡
悲しき跡もあるだろう

あの日
彼女との特別な日を終え
そして彼女を送った後
いつものように僕はこの峠を越えた
ハイテンションだった
 
自己記録を遥かに更新したことで
平地に下りてもテンションは下がらなかった

既に緊張から解かれた僕に集中力は無く
平坦な路面に視覚スピードだけを求めていた


そして

事故った
 

この命が今ここに在るのは
苦くも思い出をたどる

ガタガタと震えている自分を間近にみた


121102b.jpg 

終える時代があり
始まる時代がある

 安全で円滑な走行の為に作られたこの道のように
あの日に僕はひとつの時代を終わらせた


どういった理由からかは忘れてしまった小学校の恩師から頂いた本
新美南吉
「おぢいちゃんのランプ」

僕は心の中でそれを開いていた


121102c.jpg

大きな構造物はそれだけで絵になる
逆光の中で際立った美しいその曲線美
写真という枠におさめ
今日を心におさめた

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*** COMMENT ***

生きる理由もみつからないが~死ぬ為の理由もない

苦くも辛い思い出ですね・・・
詩的に綴られていく回想録は~読み手をも同化させて行くかの様です。

身近にも、大きな事故を起こした方がいらっしゃって~聞かされる悲惨さを
感じます。
ですが、意外と~そのような大きな事故を起こした方に限って~強力な人生を
生きていたりします。

従って・・・

終える時代と~始まる時代・・・
この言葉は、当事者に大きな力の原動力となるのでしょうか?
・・・この物語は・・・唄にはなさらないのですか?

私の知らないロッシー・・・

若気の過ち・・・
一言で表すと簡単ですが、
そういう無鉄砲な時期を経てこそ今があるのですね。


不謹慎ながら、一時期はまっていた
『頭文字 D』を思い出してしまいました。

岐路に立つ

私の事故は辛くも私自身は大事には至らなかった。愛車が身代わりにはなりましたけどね。
でも、当時の愛車は親友とか身体の一部に等しく、失ったショックは相当なものでした。
「ごめんよ!」という気持ち、その位置は自作曲「僕が車を買い換える頃」にも表れていますね。

一度は捨てたこの命とかそういうものでしょうか、それで「たった一度の人生」に賭けるものが生まれるのかもしれません。そういう事態が起きた時、人はあらためて自分を見つめ直し、掴んだ何かを原動力としてその後を生きる。ということではないのでしょうか。

けじめ、踏ん切り、見切り、、、そんな意味で私は使っていますね。
ユーミンの歌「街角のペシミスト」に「娘たちは踊りすぎた金曜日を卒業してゆく」という一節があります。では「男(少年)たちは、、」という感じです。「~ランプ」とどこか重なるんです。連想的に映画「卒業」の最終シーンも私に謎かけてきたんです。

唄ですか?それこそサイコロを渡した爺さん的になりそうで怖いです。(笑)
老爺心を唄っても、人は自分自身をサイコロにするものです。だから愛しいんです。
あ、[Forked Road]タイトルだけ浮かんだ(笑)

ポルシェの彼女にゾッコン?

土屋圭市がドリフトシーンを監修したアニメも見てますね。
私的にはポルシェの彼女が好きでした。(笑)

怖い思いなら車だけでも数あるんですよね。
顧みると今ここに生きているのが不思議なくらい、、。

ああ、、くわばらくわばら、、、、、(笑)

訂正

指摘がありましてぇ~。
ポンコツ頭はなんでかポルシェにしてしまっている。

ちゃらこさん
確かに「シルエイティ」ですが「沙雪」のほうです。
間違いありません。

多分ですが、今見ると「げっ、眉こゆぅ~」でしょうね。(笑)

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